2015年10月5日月曜日

プロのカメラマンが、iPhoneだけ持って出かける日







iPhone 6sが、発売になりました。アップルのCMでは、映画の撮影シーンのような場面が出てきます。4K動画が撮れるということのアピールでしょうか。
あっという間に容量を食ってしまうとか、スタビライザーなどの機材が必要だとかはさておき、今までにもiPhoneを使ったMVなどは数多くあります。
もっともほとんどの場合は、スマホで撮っているという日常感を出したいか、あるいは強いエフェクトをかけているものです。

ビヨンセの全編iPhoneで撮影したというMVです。



バタフライの「iPhoneのみで撮影した挑戦的な作品!」と売りにしているMV。
Instagramのような処理です。



iPhone 6sは画素数が1200万になり、iPhone 6の800万画素から大幅に増えたそうですが、画質の面ではどうなんでしょうか。レンズの口径からしても限界はありそうですね。

それでも確実に、プロの撮影現場にiPhoneは入り込んでいるようです。どうしてでしょうか。


加速する報道の世界のiPhone化


スイスのローカルテレビ報道局Léman Bleuは、放送するレポート用のカメラをすべてiPhone 6にしたそうです。リポーターが片手にマイク、片手にセルカ棒にiPhoneくっつけて持つスタイルで中継するということですから大変です。
スイスのテレビ局、報道カメラをiPhoneに変える

日本のワイドショーだと、考えられないですね。街頭インタビューでさえ、カメラマン、音声、ディレクターという3人セットでやっている様子を頻繁に見かけます。リポーターがiPhoneで撮影しながら走る姿なんて、ちょっと想像できません。




そういえば東京MXテレビでは、95年に開局当初「ビデオジャーナリスト」が報道の売りでした。ビデオジャーナリストは企画、取材、撮影、リポート、インタビュー、編集までを1人で行います。三脚に小型ビデオカメラを設置した前でしゃべっているリポートの姿は衝撃でした。
でも、どうもうまく行かなかったようです。
ビデオジャーナリストが日本人の視点を変える日


アメリカでは、ひとりでなんでもやってしまう「スーパージャーナリスト」と呼ばれているそうです。

アップルもそんな姿を、思い描いているのだと思います。iPhoneだけじゃなくて、Macとつながって編集までシームレスにひとりでやってしまう。
スペックはともかくとして、スマートフォンとPC環境の連続性は、アップルにアドバンテージがあります。


コスト削減ということなら、スイスのテレビ局のような動きは、どんどん進みそうです。
でもコスト面だけではなく、ひとり、あるいは少人数で完結できるようになると、あたらしい報道の形が創造されるかもしれません。

時事通信の映像ニュースというTwitterのアカウントが7月から始まっているのですが、なんとVineで報道しています。積極的に打ち出していないので、まるで知られていません。実験的な段階なのでしょう。でも私はとても意欲的で斬新な試みだと思います。
もしTwitterへの公開までスマホだけで完結していれば、速報性という点でも画期的です。問題はデスクがどうチェックするのかと、マネタイズの方法でしょう。



商業写真は、どうなっていくのか


いままで何度か書いていますが、広告などに使われる写真の合成は、行き着くところまで行っている気がします。完璧な整形美人のようです。
写真の加工や合成は、どこまで許される? どのぐらいが適正なのか?


またリアリティではなく、加工した雰囲気で見せる写真も、かつてないほど増えています。
合成や加工が当たり前なら、iPhoneで撮れば早いんじゃないというところですが、なかなかそういう流れになりません。どうせほとんどがデジタル一眼で、MacBookなどにつないでチェックするのですから、加工レベルならiPhone→Macでその場で出来てしまいます。


でも、やはりリスキーです。
三脚はほぼ必須ですし、他の機材が重装備なのに、カメラだけ手軽なiPhoneにする意味がありません。
物撮りなら、なおさらです。手持ちで撮る屋外のポートレートなど、ナチュラル感や構えなさを求めるなら、あえて使うこともあるかもしれませんが。


プロカメラマンの世界で、iPhoneが台頭してくるとすれば


こんな記事があります。軍事ジャーナリストの加藤健二郎さんが、メルマガで書かれたものだそうです。
iPhoneに勝てない戦場プロカメラマンの苦悩


オートフォーカス一眼レフカメラの普及により、記者や旅行者が手軽に良い写真を撮れるようになったからだ。もちろん、職業カメラマンの写真の質の方が上だったが、雑誌の読者はそんな些細な差を求めていない。
カメラマンの主力商品は写真からネタに移ってゆく。富士山を最高のクオリティーで撮った写真よりも、ピンボケ手ブレで撮った金正日のプライベート写真のほうが圧倒的に価値が高い。こうなってくると、「写真+記事」でさえ、内部流出的なものには勝てなくなる。

いやもう、この文章だけであらゆる流れが含まれていて、唖然としてしまいます。

◯雑誌の読者はそんな些細な差を求めていない
質を求めている人でさえ、雑誌を買ったり写真集を買ったりして、お金を払おうとする人は稀でしょう。求める求めない以前に、些細な差がわかるのかどうかということだってあると思います。
衣食住、あらゆるジャンルでこれだけファスト化が進めば、差を求め、それだけの対価を払う人は少数の好事家だけ、という事態になっているのではないでしょうか。

◯「写真+記事」でさえ、内部流出的なものに勝てない
加藤さんは、専門性を活かした記事をセットにすることで付加価値を付けたけれども、それも検索の時代になって、素人でも記事を書けるようになってしまった。
そして写真そのものも内部流出どころか、このメルマガには「戦場の兵士や戦士たち自身が、YouTubeにどんどん映像をアップしてゆく時代になってしまった」と書いています。写真そのものだけでは売り物にならなくなったころから、戦場カメラマン渡部陽一さんがタレントとして脚光を浴びるようになる。

つまりはその場にいる人だけが、撮ることができる・書ける作れるネタになってしまったということでしょう。それ以外は、なかなか付加価値的な値がつかない。
昔からブランドとしての有名カメラマンは存在していたけれども、一般ウケか業界ウケかというところが大きく違う。
業界内有名人という存在は、東京オリンピックのエンブレム問題以降、付加価値を失って行きそうです。


報道だけではなく、アドバタイジングやエディトリアル、グラビアやポートレート、ドキュメンタリーという分類に関係なく、ネタ化はどんどん進行しています。
ネタ化とは、言い換えるとソーシャルメディアで共有されること、話題になること。話題にならなければ、写真や映像があってもそれほどの意味がない。すでに、そうなっているかもしれないですね。




 株式会社イグジィット ウェブサイト


コメントを投稿