2014年8月4日月曜日

行動観察とピープル・アナリティクスという潮流




最近読んだ二冊の本で、面白い流れなのかもしれない。しかも両者が絡み合って、とんでもないことになるかもしれないと予感させるものがありました。

ご紹介します。


◎言葉は語らない、行動はすべてを語るという「行動観察」の基本





大阪ガス行動観察研究所の所長が書かれた本です。
実話なのかどうなのかはわかりませんが、行動観察のセミナー会場を見渡した国立大学の教授の言葉が冒頭の方で紹介されています。
「やはり、若い人が多いね」という言葉から始まっていて

「今ね、日本の歴史ではじめての事態が起こっているのですよ」
はじめての事態といいますと?
「年配の人たちの言うことを聞いてその通りに動いても、うまくいくとは限らないということです。たとえば昔は、台風が迫っているときに田んぼや畑を守るためにはどうすればいいか、年長の人に聞き、知恵をもらっていましたよね。そして、その通りにすればうまくいったものです」
でも、今はうまくいかない
「そう。今は、経験豊かな年配の人たちのアドバイスをその通りに実行しても、うまくいかないことが多くなってきたのです。若い人たちは非常に困っています。だからこそ、行動観察のような新しい観点の方法論に、興味を持っているのだと思いますよ」

という著者との会話。私は「行動観察のような新しい観点の方法論」というフレーズに違和感を持ちました。行動観察は、昔からあるでしょうと。
そこを除けば、まったくその通りだと思います。実話じゃなければ、上手い寓話だと思います。

 著者は、静的であること、すなわち変化のない状態を前提としてビジネスを考えるなら「ニュートンのように思考する」ことが可能である。しかし、動的であることを前提とすれば、「ダーウィンのように思考する」必要がある。
そして変化を前提とするなら、科学的な「再現性」を担保することはできない。そのときどきの環境に合わせて、どうすれば適合できるかを考える必要。と述べています。



行動観察とは、なにか


本書では、具体的な行動観察プロジェクトの5つの事例が紹介されている。
「高齢者が本当に求めているもの」「中国人観光客のまだ見ぬニーズを探る」「飲食業のサービスのスタンダードを作る」「工事職人さんのCS(顧客満足度)を上げよう」という詳細な4例と、「主婦の行動を観察することで生まれたコンロ」というプロセスの概要を紹介したものがあります。

コンロは、リクシル社の依頼で行なった調理行動観察から生まれたものだそうです。
→10人の主婦の普段どおりの調理行動を観察
→一人あたり3時間程度の観察で、分析のためのビデオ撮影も
→コンロ上で調理に使っていない鍋やフライパンが右往左往し、3つのバーナーが同時に使えていないことがわかった
→加熱した鍋類の余熱を冷ます、加熱後すぐに盛りつけしないなどが理由だと分析
→バーナーとバーナーの間の距離を広げるというソリューション



行動観察においてはFIREが大切


「ファクトFact(事実)」を集め、解釈して「インサイトInsight(洞察)」を導き、「リフレームReframe(枠組みの再構築)」された発想でソリューションを提供する。そして、これらのプロセスを行なううえでは「ナレッジExtensive Knowledge(幅広い知見)」が必要である。

と書かれていて、その頭文字を取ったのがFIRE。
幅広い知見とは、<人間工学><エスノグラフィー><環境心理学><社会心理学><表情分析><進化心理学>や、ほか多くの学問分野からの知見を活用するということです。


私は読んでいて、主婦の中には「鍋やフライパンの余熱を冷ましたりできる場所があれば便利なのに」と考えている人たちは少なくないでしょう。4つの事例の中でも、高齢者が求めているものや飲食業サービスについては、そんなに仰々しいことをしなくてもわかるでしょうという疑問が浮かびました。確かに中国人観光客のニーズなどは、行動観察という密着取材が最適そうです。
また逆に密着する人や分析する人の、感受性によっても左右されないでしょうか。ファクトを集めるといっても、見えていない、気がつかないということは往々にしてありそうです。

この本にも出てきますが、「行動観察」自体は子ども観察が起源。著者は、児童心理学などとは違うものとして定義されていますが、観察手法自体は同じはずではないでしょうか。近年、アメリカや日本でも発達障害とされる児童が増えているといわれますが、私は観察・判定する人の感性によっても、かなり左右されるのではという気がしています。


ただ私のように、「そんなに仰々しいことをしなくてもわかるでしょう」と思ってしまうと、思い込みによる予断がありすぎる判断。あるいは速過ぎる変化についていっていない認識に陥る可能性も、少なくありません。
そういう視点では、本書の提唱する行動観察の手法は有効だと思います。
今は、お手軽でほぼ自動的にできるようなネットリサーチが全盛の時代。でもお手軽なものは、小ネタにしかならず、雑談で消えていくことが大半かもしれません。そんな中、手間ひまのかかる行動観察は貴重ですね。






◎センサーによる行動記録で、理想の職場をつくるという職場の人間科学




こちらはMITメディアラボ出身の経営コンサルタントによって、書かれた本。
ここで提唱されているのも「行動」がキーになりますが、観察するのではなく、ウェアラブルなセンサーをつけて、働く人たちの行動/コミュニケーションを継続的に記録し、そのビックデータの解析から生産性の向上や職場の環境改善につなげるという内容。


センサーバッチによって把握できること


Googleグラスみたいなものが実用化されているのだから、こんなウェアラブルなバッチがあっても不思議じゃないですが、Bluetooth・赤外線センサー・加速度計・マイクロホンなどが入っていて、職場での位置情報、誰と話しているか、話し方の速度や声の高さ強弱といった会話の特徴、時間や人数などを測定して記録するというもの。
社外の人や店舗のお客さまなど、バッチをつけていない人との会話も「誰と」以外は測定し、記録。
このバッチ、MITが開発したソシオメーター(社会学的な計測器)と呼ばれるものを、さらに進化させたものだそうです。

ソシオメトリック・バッジ http://hd.media.mit.edu/badges/

マーケティング以外でのビッグデータの活用


この本に出てくるマーケティングでの恐るべきビッグデータパワーの例。アメリカ第五位の小売業「ターゲット・コーポレーション」が開発した妊娠予測アルゴリズムの精度が、あまりにも高いという実話だそうです。

ターゲット・コーポレーションでは25種類の製品カテゴリーの購買行動を分析することで、非常に高い精度で出産を予測でき、出産日までかなり高精度で推定できるようになった。
このプログラムを使って、ある女性の妊娠を割り出し、自店舗で買いものしてもらおうと大量のクーポンを彼女に送った。
ところが彼女はまだ高校生。それを見た父親は「高校生にベビー服やベビーベッドのクーポンを送りつけてくるなんて! 娘に妊娠しろとでも言うのか?」と怒鳴り込んだ。店長は謝罪し、なんとか父親の怒りはおさまった。
ところが後日、店長が改めて謝罪の電話をかけると父親は「実は家の中で私の全く知らないことが起きていたようで」八月の出産予定だと謝ったという。

笑える話ですが、妊娠後の購買行動なら、劇的に変わるかもしれないですね。

こんな風にビッグデータが使える話はマーケティング分野では、けっこう出てきますが、人事的な分野での活用例は皆無だと思います。



コールセンターでの生産性向上策


コールセンターといえば、私語が禁止、通話時間が把握され、頻繁に指導を受け、恐ろしく管理された、離職率の高い過酷な職場だという印象があります。
ところが本書では、「チームのメンバー全員が一斉に15分間休憩する時間を設けた方が、相互のコミュニケーションが高まり、業務に好影響をもたらす可能性が高いということがわかった」と書かれています。コミュニケーションがあればストレスが軽減される、困ったときに誰かが助けてくれるなど、対面のコミュニケーションの重要性が語られています。つまり「雑談が生産性を上げる」と。

コミュニケーションの重要性を多くの人が感じていても、客観的に裏付けるデータがなかった。それがセンサーバッチによって明らかになったということです。
確かに裏付けるデータがあると仕組みにしやすいでしょうが、管理方法を考える人たちが何日間か「自分で経験」してみれば理解できることだと思います。
これぐらいの成果なら、仰々しくセンサーを付けてのデータ収集も解析も必要ない気がします。

ところが「休憩で従業員どうしが和気藹々とおしゃべりしている」と、受注率に対するその影響力は何パーセント上るという相関関係まで判明すれば、がぜん力の入り方が変わってきますよね。たぶんそこまで検証しているはずではないでしょうか。



組織図とは異なるソーシャル的な構造に注目する



本書では、組織を「凝集性が高い組織」と「多様性が高い組織」の二つに大別しています。

「凝集性」とは、人々同士が会話する集団-つまりネットワーク-のつながりの強さを指す。凝集性の高いネットワークとは、人々が互いにたくさん会話をする集団だ。ネットワークをクモの巣と考えてみてほしい。点を人間、線をコミュニケーションとすると、凝集性の高いネットワークは、糸がぐちゃぐちゃに絡み合ったクモの巣のような格好をしている。
本書で「多様性」という言葉を使う時には、たいてい人口統計的な意味での多様性ではなく、社会的なつながりという意味での多少性を指すものとする。つまり、同じ集団内の人とばかり話しているのか、それともネットワーク内のいろいろな人々と話しているのかだ。多様性の高いネットワークは星のような形をしていて、中心にいる人物から多方面に線が伸びている。

著者はどちらがいいと言っているわけではなく、バランスが肝心だとしている。

たぶん凝集性も多様性も、組織図とはあまり関係がないのでしょう。というのも、バッチをつけて会話を測定していると、異なるネットワークの人たちと会話する中心になる人の存在が浮かび上がってくる。
「中心性の高い人物ほど、大きな権力や影響力を持ち、他の人々よりもいち早く情報を得られるというのは容易にわかる」とのことですが、私は中心とか権力ということよりも、公式ではない意思疎通の流れを媒介する人がいなければ、組織は自律的に機能しないのではと思います。もう20年以上前ですが、個人的にそういうつながりを「自律的組織」と呼んでいました。

社長や部長や課長が出来た人、有能な人なのではなく、役職に関係なく部署を横断して意思疎通を行なう人たちがいる。だから自律的に、ダイナミックに組織が動いていくんだと言っていました。

本書では、ただの中心とか媒介ではなく、「その人物と会話することで他の人間の生産性が上昇する、いわゆる非公式なエキスパートの存在が明るみになった」と言います。自身の生産性ではなく、他者の生産性を上げることでグループに寄与するこのようなスタッフの存在も、「People Analytics」を取り入れることで正当に評価することができますと書いています。


センサーをつけて記録するとかピープル・アナリティクスという言葉を聞くと、ガチガチに管理・監視することを連想してしまいますが、そうでもなさそうです。
もちろん、常にプライバシーの侵害につながりかねない懸念はありますが。





「行動」に着目した二冊の本。
前者は言葉にならないノンバーバルなニーズを、個人個人を観察することで浮かび上がらせようとするもの。
後者は、会話で使われている言葉自体ではなく、抑揚など感情面を推測し、ネットワークとともに定量化しようとするもの。

同じ「行動」を捉えていても、アプローチがまったく違っているのですが、この二つの流れは、そのうちある分野では合流しそうな気がします。








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