2016年9月30日金曜日

聖地巡礼は、場所のコンテンツ化と考えればいいんじゃないかと





先日、Twitterでこんなツイートがリツイートされて来て、誰なんだろうとプロフィールを見たら、岐阜県飛騨市の市長だったので、対応早いなぁ、本気だな。聖地巡礼ブームは、それほどなんだと改めて思いました。
調べて見ると、Facebookでも「君の名は。」関連の対応を、何度も投稿されています。



映画「君の名は。」 は、興行収入100億円を突破。『シン・ゴジラ』を上回る大ヒットだといいます。それだけではなく、岐阜県飛騨市など、背景となったと思われる場所に【聖地巡礼】でファンが殺到しているというのです。飛騨古川駅は、テレビでもさかんに取り上げられていました。




聖地巡礼は、どうして拡大したのか


宗教行為の聖地巡礼になぞらえて、映画やアニメに関連した場所をファンが訪れることを【聖地巡礼】と呼びます。2012年にはNHKが番組で「アニメを旅する若者たち “聖地巡礼”の舞台裏」が特集されるほど。
NHK クローズアップ現代

番組によると、作り手の事情として、制作費をかけられなくなった。「背景をゼロから想像して作るのと違い、近くの町をモデルにして描けば手間暇かけず、コストも抑えてリアルな背景を作ることができます。」
ファンサイドからは、「虚構であることを分かったうえで、どのぐらい作りこまれているか、どういうふうに緻密に作られているかということを、そこを楽しむ見方」があり、「謎解きゲーム」「ファンの間でそれを意見交換するっていう楽しみ」がネットによって飛躍的に簡単になったといいます。また地域密着アニメは、「等身大のドラマのほうが、実感とか共感を持ちやすい」、それが聖地巡礼と結びついたのではと語られています。

「等身大」をのぞけば、2004年の冬ソナブームでは、旅行会社がこぞって聖地巡礼ツアーを企画し、中高年女性が韓国に殺到したといいますから、実感したい、その世界に没入したいというニーズは、根強くあるのだと思います。
2004年なら、聖地巡礼して写真を撮っても、身近かな知人に見せるぐらいしかありません。でも今ならSNSで知らないファンとも交流でき、それがまた聖地巡礼熱を拡散させます。


NHKの番組のページには「聖地を作れ 狙う自治体」という見出しまでありますが、まさに今はその競争。
国内ばかりではなく、海外からの観光客も聖地巡礼に興味を持ちます。以前に書きましたが2003年のソフィア・コッポラ「ロスト・イン・トランスレーション」。この映画によって、渋谷に行きたい、スクランブル交差点を渡ってみたい。カラオケに行きたいという外国人が増えたそうです。
渋谷スクランブル交差点の何に、外国人は興奮するのでしょう


今月16日、KADOKAWAやJTB、JALなどが「アニメツーリズム協会」を設立したそうです。一般公募で88ヵ所を「アニメ聖地」として選定、2020年には国内外から年400万人の観光客をアニメの聖地に送り込むことを目指す。協会設立は、訪日外国人観光客数の目標達成の強力な後押しとなりそうだと、投資関連のサイトに、鼻息の荒く書かれています。
「聖地巡礼」400万人へ、カドカワらアニメツーリズム協会設立 <株探トップ特集>



何の意味も付加されない場所が、忘れ去られるのは当たり前


インバウンドまで考えると、聖地巡礼ブームはまだまだ拡大しそうですね。しかし、観光とか旅は、その体験自体に意味があるのだから、それぞれの価値観に沿った“聖地”を訪れるのは、当たり前じゃないですか。

日常生活なら、たとえば意味なく駅近や安い店でお昼を食べるということがあるでしょう。でもわざわざ出かけるなら、その人にとってなにかしら格別の意味があるところに行くのではないでしょうか。
観光になれば、利便性とか価格ではない価値観の比率が高まってくる。それを与えるのがアニメや映画などのエンターテイメントだったり、あるいは史実や希少性、世界遺産などの権威付けだという気がします。



出かけるという行為は、あたらしいコンテンツを求めている?


ただ少し考えてみると、たいていのことはネットで疑似体験できてしまう。VRもそうですよね。もしかすると、観光じゃなくても、ごく日常的な出かける、食事するという行為でさえ、あたらしい意味が求められているのかもしれません。
街を歩けば、情報という刺激があふれています。


アニメでは、2007年に大ヒットしたテレビアニメ『らき☆すた』が、聖地巡礼のきっかけだと書いている記事もあります。作中に登場する鷹宮神社のモデルとなった、埼玉県の鷲宮神社にファンが殺到し、初詣客も2007年の7万人から2010年には45万人と激増したそうです。
『君の名は。』でも…聖地巡礼トラブルはなくならないのか

埼玉県の鷲宮神社は「関東最古の大社」だとうたっていますが、それよりも『らき☆すた』の舞台という意味が上回ったということですよね。




昨年ヒットした映画「バケモノの子」は、渋谷駅通路内で大々的な宣伝活動を行っていたので驚いたのですが、それ以上に渋谷区観光協会が今年DVD&Blu-ray発売を記念して「バケモノの子×渋谷ロケMAP」を配っていたことにビックリしました。

そこには、主人公の九太と師匠・熊徹が出会ったJR高架下なんてことが書いてあるのです。JR高架下といっても、246号線横の通路。自転車置き場になっていて、放置自転車もどっさりある狭く短く、暗い場所です。たぶん渋谷を訪れた人が通ったとしても、誰の記憶にも残らないでしょう。


ところが、九太と熊徹が出会った場所がここだよと聞くと、映画を観た人には特別な意味を持ちます。九太と熊徹のコスプレをして写真を撮る人だって、出てくるかもしれません。

なんの変哲もない場所に、意味が付加されました。


「バケモノの子」は人間界に生きる少年とバケモノ界に生きる熊獣人が、弟子と師匠として交わる物語。レイヤーのように重なる世界に生きるふたり。その出会いが、JR高架下なのですから、特別な場所です。

これって、ポケモンGOと構造は同じに思えます。モンスターの巣の配置換えが行われたというツイートが拡散すれば、人が押し寄せます。現実の世界には何もない公園にだって、スマホというレイヤー上のモンスターを求めて、人が移動します。
ポケモンGOだって、いわば「場所のコンテンツ化」です。

コンテンツとは「ネタだ」とする人もいますし、日本の知的財産基本法では「人間の創造的活動により生み出されるもののうち、教養又は娯楽の範囲に属するもの」と定義されているようです。
私がここで書いている「コンテンツ化」は、興味を持たれる文脈が付加される、ぐらいのニュアンスです。人に伝えるときには、その文脈が使われるから、伝わりやすいし、共感や共有もされやすいのだと思います。キャッチフレーズではなく、文脈。


何もない場所だって、コンテンツ化すると人が殺到する時代ですから、逆にコンテンツ化されない場所には、誰もやってこないということですよね。





私は「バケモノの子」を、これは渋谷の街をよく知っていると面白さは倍増するなと思いながら観ていました。ストーリーも感動的ですが、さらに理解が膨らむ感覚を味わいました。聖地巡礼って、こういう感覚を味わいながら、追体験できるってことかもしれません。




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